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2021.06.09 競技サポート

800m日本歴代5位!源君が取り組む「低酸素環境下でのSIT」の効果とは!?

国内トップレベルの選手のみが出場できる日本グランプリシリーズ。その800m第1戦となった静岡国際陸上競技大会(5/3・静岡県袋井市)を1分47秒71の自己新記録で制した源 裕貴君(みなもと・ひろき=体育学科4年)、その勢いは止まらず、第3戦デンカアスレチックスチャレンジカップ(6/6・新潟市)では、日本歴代5位となる1分46秒50の好記録で優勝、見事、グランプリ2連勝を飾りました。

この成果は、彼のコーチである吉岡利貢先生(体育学科教授)を中心に取り組む、IPUスポーツ科学センターの「低酸素トレーニングプロジェクト」の取り組みの成果でもあります。源君が低酸素トレーニングに取り組んでいたことは既にご紹介しました(関連記事参照)が、今回は、なぜ800m選手の源君が低酸素トレーニングを行うのか、その根拠と、今回のレースに向けての具体的な導入方法をご紹介します。

低酸素トレーニングというと、従来は、長距離選手が標高2,000mを越えるような土地に行ってトレーニングを行う「高地トレーニング」の代替手段でした。すなわち、スタミナ強化のために用いるトレーニング手段でした。一方、源君は、スタミナに加えて、スピードやその持続力であるスピード持久力を必要とする800mの選手です。

そこで源君と吉岡コーチが選択したのは、スタミナ養成に用いられる「低酸素環境」で、スピード持久力養成に効果的とされる「スプリント・インターバル・トレーニング(以下、SIT)」を行うことでした。SITは、スピード持久力を強化するトレーニングとして800m選手に一般的なトレーニングですが、スタミナを強化するためのトレーニングとしても有効であることが2000年過ぎから数多くの研究で明らかになってきており、800m選手には打ってつけのトレーニングといえます。吉岡コーチは、これらをミックスした「低酸素環境下でのSIT」が、スピード持久力をより高いレベルにまで高める可能性に注目し、2019年の夏に初めて導入を検討しました。ただし、そこには1つの懸念がありました。それは、SITを低酸素環境下で行うことはスピード持久力を高めるためには効果的である一方、スタミナに関わる要因に対しては負の影響を及ぼすのではないだろうかということでした。しかしながら、それは杞憂に終わりました。低酸素環境下でのSITは、スピード持久力にかかわる酵素の活性に対して通常の酸素環境下よりも高い効果を有することに加えて、スタミナにかかわる酵素の活性に悪影響を及ぼさないことが既にベルギーの研究者らによって明らかにされていたのです(Puypeほか、2013)。

そこで、2019年の8月に行ったのが、3週間にわたって週2回の低酸素トレーニングを導入する取り組みでしたが、この取り組みは、日本インカレ1500mでの3名決勝進出、そして800mでの源君を含む2名の準決勝進出として実を結びました。この時の成功にならい、かつ、より顕著な効果を求めたのが今年の2月末から3月の1週目にかけての週3回、2週間(計6回)の低酸素トレーニングでした。トラックシーズン開幕を目前に控えたこの時期に、2週間にわたってトラックで高強度トレーニングを行わないことのリスクは前回の記事でご紹介しましたが、ここでの成功が今回の日本歴代5位の好記録に繋がりました。

前回の低酸素トレーニング後、約2週間で迎えた東京陸協ミドルディスタンスチャレンジで源君は1分48秒52で優勝、そこから4週間で迎えた静岡国際陸上では1分47秒71でグランプリ初優勝を飾りました。この時の流れを、次の2ヶ月のトレーニング、すなわち静岡国際陸上から日本選手権までのトレーニングに応用しようと考えたのです。ただし、今回はリスクをやや軽減する形で取り組みました。トラックでの練習を通常の半分程度に減らして、その後に環境制御室に移動して低酸素トレーニングを行う形に修正したのです。1回あたりの低酸素トレーニングの減少分は、トレーニング期間をギリギリまで延ばすことで補いました。

このように日本選手権へ向けてレベルアップを図るスケジュールの中で迎えたデンカチャレンジでしたが、大会前のトレーニング内容からは1分45秒台突入も視野に入っていました。その意味では想定を少し下回る結果でしたが、これからトラックでの動きを洗練させて臨む日本選手権は、今よりワンランク高い状態にあると考えられます。大学4年生にして、突如目の前に現れたオリンピックの参加標準記録(1分45秒20)、この記録を突破する最後のチャンスに向けて源君の挑戦は続きます。

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なお、これらのトレーニングをともに行ってきた中井啓太君(体育学科3年)も今季大きく成長を遂げました。静岡国際陸上の800mで5位に入ると、その翌日には1500mでIPU歴代2位の3分44秒49をマーク、デンカチャレンジでも自己2番目の記録で12位(学生では2番目)に入りました。また、デンカチャレンジと同じ日程で開催されていた日本学生個人選手権大会(平塚市)でも、低酸素トレーニングを行った選手が好成績を収めました。片山直人君(体育学科3年)は昨年12月から3月上旬までの疲労骨折で走れなかった時期のほとんどのトレーニングを低酸素環境下で行いました。3月こそ思うように走れませんでしたが、4月から5月にかけて一気に調子を上げ、日本インカレの標準記録を突破すると、自身初の全国大会となったこの大会では見事6位入賞を果たしました。同じく長期間にわたるケガの影響でほとんど走ることなく今大会を迎えた中島太陽君(体育学科2年)も1500mで決勝進出、高校時代から抱えていた足底の痛み、その治癒後に発症したアキレス腱の痛みで、同じく大会直前まで低酸素環境下でのSITに取り組んだ江藤咲さん(体育学科1年)は、800mで決勝進出まであと0.16秒に迫りました。

今後も、「科学で強くなるIPU」を体現する彼らの活躍にご注目下さい。

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<レース映像>
2021 デンカアスレチックスチャレンジカップ 男子800m最終組

※ レース写真提供/森田祥平氏